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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)84号 判決

東京都中央区日本橋小網町19番12号

原告

日清製粉株式会社

同代表者代表取締役

正田修

同訴訟代理人弁理士

佐藤辰男

西村公佑

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

広田雅紀

田中靖紘

関口博

市川信郷

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第12697号事件について平成5年4月9日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年4月16日、名称を「麺類の製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)についての特許出願(以下「本願」という。)をしたところ、平成3年3月11日、拒絶査定を受けたので、同年6月27日、この拒絶査定に対する審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成3年審判第12697号事件として審理したが、平成5年4月9日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。その謄本は、同年5月24日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

小麦粉または小麦粉とそば粉、米粉、大麦粉、ライ麦粉およびハト麦粉からなる群から選ばれる異種穀粉との混合物に対してタピオカ生澱粉を、小麦粉または該混合物とタピオカ生澱粉の合計重量に基づいて3~50%の割合で配合してなる原料粉を使用して製麺することを特徴とする、食するに際して澱粉を茹で上げによってα化する生麺および乾麺の製造法。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例の記載

特公昭56-9098号公報(以下「引用例」という。)には、小麦粉、そば粉又はこれらの混合物からなる穀粉と澱粉との合計重量に基づいて15~50重量%の澱粉及び0.4~4重量%の油脂等からなる製麺原料を用いてつくった麺線を蒸熱処理後乾燥してなる非油揚即席麺類の製造方法が記載され、より詳細には、使用できる澱粉は糊化温度の低い澱粉、例えば、馬鈴薯澱粉、甘藷澱粉、タピオカなどであること、及び、小麦粉及び/又はそば粉のほかに澱粉を添加するのは麺の復元性を良好ならしめ、かつ、弾力性のあるなめらかな麺を得るためであることがそれぞれ記載されている。

(3)  本願発明と引用例記載の発明との対比

引用例記載の「タピオカ」は本願発明の「タピオカ澱粉」に相当するから、両者は「小麦粉または小麦粉とそば粉からなる混合物に対してタピオカ澱粉を、小麦粉または該混合物とタピオカ澱粉の合計重量に基づいて15~50%の割合で配合してなる原料粉を使用して製麺する麺類の製造方法の点で一致し、〈1〉用いるタピオカ澱粉が、本願発明では生澱粉を用いているのに対し、引用例記載の発明ではこの点明記されていない点(相違点1)、〈2〉製造する麺類が、本願発明では食するに際して澱粉を茹で上げによってα化する生麺及び乾麺であるのに対し、引用例記載の発明では、麺線が蒸熱処理を受けた非油揚即席麺である点(相違点2)で相違する。

(4)  相違点についての検討

〈1〉 相違点1について

食品原料として澱粉を用いる場合、通常生澱粉を用いること、及び、引用例には、使用する澱粉が生澱粉であることを否定する記載がないことを合わせ考慮すると、タピオカ澱粉として生澱粉を用いることは格別の創意を要するものではない。

〈2〉 相違点2について

製麺原料として、小麦粉等の穀粉の一部をタピオカ澱粉等の澱粉で置換したものを使用することは本出願前周知であり、他方、麺類の最終製品の形態として、生麺、乾麺、蒸麺、即席麺などは最もよく知られているものである。してみれば、タピオカ澱粉を生麺や乾麺の製麺原料の一部として使用することは、当業者が容易に行なうことといわざるを得ない。

そして、本願発明の奏する効果、すなわち「優れた食味」、「茹で時間の短縮」、「優れた弾力性」等は、麺類の適性評価項目として当業者が普通実施・確認する項目に関するものであること、及び、上記引用例には、非油揚即席麺において、復元性の良い、弾力のあるなめらかな麺が得られる旨の記載があり、当業者であれば、生麺や乾麺においても、澱粉添加によるこれらの効果を期待するのが普通であることを合わせ考慮すると、本願発明の効果は当業者が予測し得るものであって、格別なものとはいえない。

(5)  結論

したがって、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであると認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできない。

4  審決の理由の認否

(1)(本願発明の要旨)、(2)(引用例の記載)のうち、引用例には、使用できる澱粉は糊化温度の低い澱粉、例えば、馬鈴薯澱粉・甘藷澱粉、タピオカなどであること、及び、小麦粉及び/又はそば粉のほかに澱粉を添加するのは麺の復元性を良好ならしめ、かつ、弾力性のあるなめらかな麺を得るためであることがそれぞれ記載されていること、(3)(本願発明と引用例記載の発明との対比)、(4)(相違点についての検討)のうち、麺類の最終製品の形態として、生麺、乾麺、蒸麺、即席麺などは最もよく知られているものであること、本願発明の奏する効果に「優れた食味」、「茹で時間の短縮」、「優れた弾力性」等があること、引用例には、非油揚即席麺において、復元性の良い、弾力のあるなめらかな麺が得られる旨の記載があることは認め、その余は争う。

5  審決の取消事由

(1)  引用例の記載事項の誤認及び相違点の看過(取消事由1)

〈1〉 審決は引用例の記載において、「0.4~4重量%の油脂等」と認定したが、0.4~4重量%用いられるのは油脂であって、油脂等であるとの認定は誤りである。

〈2〉(ⅰ) 引用例記載の発明は、特許請求の範囲の記載から明らかなように、小麦粉等の穀粉、水、食塩及び麺質改良剤からなる製麺原料から麺線を作製し、その麺線を蒸熱処理し、冷却後乾燥する非油揚即席麺の製造法に係り、その特徴とするところは穀粉と澱粉との合計重量に対して15~50重量%の澱粉と0.4~4重量%の油脂が添加された製麺原料を使用した点にある。

引用例の発明の詳細な説明の項には、穀粉に澱粉を15~50重量%添加すると原料混合物の粘度が高まり、複合、圧延した場合、麺帯の剥離を生じたり、あるいは麺帯がつながらないという現象が起こり、また蒸熱処理後、麺線のほぐれ具合が悪い等の欠点が起こると説明され、それに続いて引用例記載の発明では、油脂を原料粉に対して0.4~4重量%添加することにまり前記澱粉を添加したことによる欠点を解消できる(5欄23行ないし32行)と記載され、さらに、表4には「油脂の添加量と製麺適性の関係」が、また表5には「油脂の添加量と食味の関係」が記載されている。上記表には油脂の添加量が0.4重量%以下であると製麺適性は劣り、また油脂の添加量が0.4重量%以下もしくは4重量%以上であると食味が不良であることが記載されている。

以上の記載によれば、油脂の添加及び添加量は製麺適性に大きく関係するばかりでなく、食味についても影響を与えるものであることは明らかであり、油脂は、引用例記載の発明において、必須の成分である。

さらに、引用例の発明の詳細な説明の項には、特許請求の範囲記載の「麺質改良剤」は、「かん水その他麺の弾力性、粘性等を高めるもの」をいうと記載され(3欄18行、19行)、上記記載は「かん水と、その他麺の弾力性、粘性等を高めるものすなわち増粘剤」の意味であると解される。そして、引用例の実施例1ではかん水とグアガムとを穀粉及び澱粉に添加されているところ、グアガムは増粘剤として即席中華麺に添加される代表的な添加剤である(甲第5号証129頁、130頁)。そして、即席めん類の日本農林規格第2066、2067頁(甲第4号証)の別表の、原材料(調味料、香辛料を除く)の段の食品添加物以外の原材料の段に、〈13〉めん質改良剤(グアルガム、ローカストビーンガム、タマリンドシートガム、アルギン酸、ペクチン及びこんにゃくマンナン)とあり、食品添加物の段に、〈1〉めん質改良剤(かんすい(炭酸カリウム、炭酸ナトリウム又は炭酸水素ナトリウムの1種又は2種以上含むもので、即席中華めんのめんに使用する場合に限る)及び重合リン酸塩)との記載によれば、麺質改良剤は即席麺にあっては食品添加物以外の原材料に分類されるものと食品添加物に分類されるものとがあり、グアガムは前者に分類される。したがって、引用例記載の発明では、かん水とその他のグアガムのような増粘剤を用いることは必須の要件であると解される。

(ⅱ) 一方、本願発明においては、油脂あるいは増粘剤のような麺質改良剤を使用しない。

すなわち、本願発明において、製麺原料には小麦粉(又はその異種穀粉との混合物)に油脂は添加されていないし、また、増粘剤のような麺質改良剤は使用されていない。

なお、麺類の基本的原料は、小麦粉(又はそば粉)、水及び食塩(かん水)である(甲第10号証)から、本願明細書の実施例において水及び食塩(かん水)が用いられていても、水及び食塩(かん水)が麺類の基本的原料である以上それらの使用が特許請求の範囲に明示されていなくても「…原料粉を使用して製麺する」との文言上にそれらを使用することは当然に含まれている。

そして、本願発明の製造法で得られる麺類においても、従来の麺類に使用されている添加物、例えば、色素やプロピレングリコールの如き保存料等をその添加物の慣用されている使用目的内において、必要に応じて使用することを妨げるものではない(甲第10号証66頁生麺の項)。また、引用例記載の発明においても上記のような添加物を使用することを妨げるものではない。

しかしながら、生麺の製造にあたり、原料粉に油脂を添加することは、本願出願前周知ではない。乙第1号証記載の発明では、油脂が極めて多量に使用され、その使用目的も特殊であり、しかも小麦粉に澱粉は加えられていないから、同号証の記載をもって、本願発明において油脂は当然に使用されるということはできない。

なんとなれば、食塩やかん水は麺の製造に古くから使用されていたが、それはグルテン等に作用して麺の性質を向上させるとの効果のためである。これに対して、茹で上げて食する生麺や乾麺においては油脂の添加は少なかった(乙第23号証)。また、乙第22ないし27号証は、味覚ないし栄養等の改善を目的として油脂を麺類に添加することを教えているのみである。なお、手延べそうめんの製造に当たって添加される油脂は脂質の半分以下で極めて少量である。したがって、食塩やかん水と油脂とは同一視されるべきではない。

〈3〉 以上のとおり、引用例記載の発明では0.4~4重量%の油脂を添加するのに対し、本願発明では添加しない点(相違点3)、引用例記載の発明では増粘剤のような麺質改良剤を使用するのに対し、本願発明ではかかる麺質改良剤を使用しない点(相違点4)で相違する。

しかるに、審決は、引用例記載の発明において、かん水とその他のグアガムのような増粘剤を用いることが必須の要件であることを看過し、また、0.4~4重量%の油脂を0.4~4重量%の油脂等と誤って認定し、0.4~4重量%の油脂の添加が必須の要件であることを看過した結果、相違点3、4を看過した。

(2)  相違点1についての判断の誤り(取消事由2)

〈1〉 審決は、「食品原料として澱粉を用いる場合、通常生澱粉を用いる」と認定しているが、原料として澱粉を用いる食品は多種多様のものがあり、そのような食品の原料として用いられる澱粉が通常生澱粉の形で用いられているとは限らない。甲第6号証(特開昭51-121540号公報)では麺類にα化澱粉を使用している。

したがって、審決の上記認定は誤りである。

〈2〉 したがって、審決の相違点1についての判断は誤りである。

(3)  相違点2についての判断の誤り(取消事由3)

〈1〉 審決は、「製麺原料として、小麦粉等の穀粉の一部をタピオカ澱粉等の澱粉で置換したものを使用することは本出願前周知であり」と認定しているが、タピオカ澱粉等の澱粉で置換したものが本願出願前周知であるとの審決の認定は誤りである。

すなわち、澱粉は植物の種子、根、地下茎などに蓄積されている多糖類の一種(甲第7号証85頁)であって、植物の異なる毎に澱粉の性質も異なり(甲第8号証2頁表1)、澱粉の供給量及び需要量も澱粉の種類によって異なり、タピオカ澱粉の量は微々たるものである(甲第9号証288頁)。したがって、全ての麺類の原料の一部としてあらゆる種類の澱粉が使用されるものではなくましてタピオカ澱粉はその供給量及び需要量からみて、置換される澱粉の代表的なものとすることはできない。

乙第3ないし第9号証及び甲第6号証において、澱粉の一例としてタピオカ澱粉が例示されていてもそれら発明において用いられる麺類の製法が本願発明及び引用例記載の発明と相違する以上、審決の判断に影響を及ぼすものではない。すなわち、乙第3号証は澱粉加水分解物の使用、同第4及び第5号証は多層麺、同第6号証は油脂加工澱粉の使用、また、同第7号証は原料粉の50%以上の小麦粉以外の穀粉又は澱粉の使用の点に特徴があり、しかもいずれも主として即席麺に係る。さらに、乙第8号証にはタピオカ澱粉が麺のつなぎに用いられるとの一言があるのみであり、同第9号証はインドネシアの国内での澱粉の使用に関するものであり、甲第6号証はα化澱粉を用いる発明である。

〈2〉 審決の「タピオカ澱粉を生麺や乾麺の製麺原料の一部として使用することは、当業者か容易に行なうことといわざるを得ない。」との判断は誤りである。すなわち、

引用例には、「本発明において使用できるデン粉は糊化温度の低い澱粉、例えば馬鈴しょデン粉、甘しょデン粉、タピオカなどがあって、これらのうちで粘度の高いものが最も好ましい」(5欄7行ないし11行)と記載され、表3の「デン粉の種類と食味の関係」には、馬鈴薯澱粉が最も好適で、コーンスターチが最も劣り、タピオカ澱粉はその中間であることが示され、甲第8号証の表1には、糊化温度が低く、粘度の高い澱粉は馬鈴薯澱粉であることが示されている。したがって、本願発明のような生麺や乾麺の麺類原料の一部として澱粉を使用するとすれば、むしろ馬鈴薯澱粉であってタピオカ澱粉であるはずがない。

本願発明は生麺及び乾麺の製造方法であるのに対し、引用例記載の発明は非油揚即席麺の製造方法であるところ、本願発明において、タピオカ生澱粉を配合した目的は、優れた食味を呈し、茹で上げ後一日以上放置しても実質的に劣化しない生麺や乾麺を提供することであるのに対し、引用例記載の発明は熱湯を注ぐだけで短時間で復元できるような非油揚即席麺を提供する目的で澱粉を配合したものであるから、本願発明でタピオカ澱粉を配合する目的と、引用例記載の発明の澱粉特に馬鈴薯澱粉を配合する目的とは明らかに相違している。

(4)  作用効果についての判断の誤り(取消事由4)

審決は「『優れた食味』、『茹で時間の短縮』、『優れた弾力性』」等は、麺類の適正評価項目として当業者が普通実施・確認する項目に関するものである」と認定したが、本願発明の奏する「優れた食味」、「優れた弾力性」は麺類共通の適正評価項目であるが、「茹で時間の短縮」は、生麺、乾麺に特有な適正評価項目であり、しかも、本願発明においては上記評価項目の他に「茹で上げ時の煮崩れ率が低い」及び「茹で上げ後における経時的劣化が少ない」という効果を奏するものであるところ、引用例記載の発明の即席麺にあっては、茹で上げて食するものではないので茹で時間、茹で上げ時の煮崩れや経時的劣化は本来問題とならない評価項目である。

審決は、さらに、「復元性の良い、弾力のあるなめらかな麺が得られる旨の記載があり、当業者であれば、生麺や乾麺においても、澱粉添加によるこれらの効果を期待するのが普通である」と認定しているが、生麺、乾麺と即席麺とでは要求される性質が異なり重要視される評価項目も異なるから、引用例記載の発明において期待される効果から本願発明の効果が予測されるものではない。

しかも、引用例記載の発明における「復元性の良い、弾力のあるなめらかな麺が得られる」効果は、澱粉と油脂及び麺質改良剤とを併用する構成により奏されるものであって、澱粉のみ添加した構成により奏される効果ではない。

なお、乙第10号証は生麺の評価法であり、同第11号証は即席麺に関する発明であるから湯戻し(復元性)時間の短縮の語があっても不思議はなく、同第12号証は、インスタント性を重視した特殊な麺に関するから、ここにおいて復元性なる語が使用されていても、通常の生麺や乾麺において復元性が評価項目となるとの理由にならない。

本願明細書の第1表によれば、本願発明の麺は「茹で上げ直後」でも「茹で上げ一日経過後」においても最もよい性質を有していることが明らかである。

すなわち、本願明細書の第1表の煮崩れ率の測定において、本願発明の麺は茹で上げ時間18分のところ、25分茹でているから、茹で過ぎにもかかわらず煮崩れ率は低い。

乙第18号証の実験では、煮崩れ率の実験の回収固形分のみで計算しているが、乙第19号証の5頁の「煮崩れ率」は、茹で麺の固形分と煮崩れ固形分とを加算しているが、そもそも茹で上げ歩留りと煮崩れ率とを測定する実験では実験条件が異なるから、両者の固形分を加算することは不合理である。したがって、乙第18号証と同第19号証の結果が相違しても、当然のことであり、上記第1表の「煮崩れ率」の測定結果の信頼性は高くないということはできない。なお、乙第18号証の実験では脱イオン水を用いており、本願明細書の実験では普通の水を用いているから実験条件は異なる。また、乙第20号証では、小麦澱粉とバイタルグルテンからなるコンポジット粉を使用し、同第18号証の実験では、小麦粉に澱粉を配合しているのであるから、両実験の結果は当然異なる。

このように、本願明細書の実施例1に詳細な試験結果が示されており、かつ実施例2ないし10にも定性的ではあるがその性質が説明されており、また、タピオカ生澱粉の配合割合が3~50%、好ましくは10~30%の範囲であり、この範囲を逸脱すると所期の目的を達成し得ない旨説明されているから、実施例1の配合割合であっても、本願発明の規定した範囲の配合割合であれば、実施例1に示したと同等の効果を奏することは十分予測できるものである。

以上のとおり、審決は、生麺及び乾麺と即席麺とでは異なる麺の性質が要求されることを無視した結果、「当業者であれば、生麺や乾麺においても、澱粉添加によるこれらの効果を期待するのが普通であることを合わせ考慮すると、本願発明の効果は当業者が予測し得るものであって、格別なものとはいえない。」と誤って判断した。

第3  請求の原因の認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3は認め、同5の主張は争う。審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

2  被告の反論

(1)  取消事由1について

〈1〉 審決の「0.4~4重量%の油脂等」に認定における「等」が水、食塩又は麺質改良剤を意味することは明らかであり、審決は0.4~4重量%用いられるものは油脂であると認定している。

引用例の「麺質改良剤(かん水その他麺の弾力性、粘性等を高めるもの)」(3欄18行、19行)との記載は、かん水は麺質改良剤の代表的なものとして例示されているものであり、「かん水と、その他麺の弾力性、粘性等を高めるものすなわち増粘剤」の意味であると解するのは無理がある。

なお、引用例記載の発明において、油脂の添加は、澱粉を添加した場合の問題点あるいは非油揚即席麺固有の問題点の改善に関するものであると限定的に解釈すべきではない。

また、「小麦粉および/または、ソバ粉にデン粉を15~50重量%添加すると原料混合物の粘度が高まり、複合、圧延した場合、麺帯の剥離を生じたり、あるいは麺帯がつながらないといったような現象が起こる。…かかる欠点を解消するために本発明においては油脂を原料粉の重量に対して0.4~4%、好ましくは0.5~2%添加する」(甲第3号証5欄23行ないし32行)との記載によれば、引用例記載の発明においても、油脂を添加していない小麦粉および/または、そば粉にタピオカ等の澱粉を15~50重量%添加した原料粉を用いた麺が開示されている。

〈2〉 本願発明は、特定の原料粉を使用して製麺することを特徴とするものであって、原料粉の組成については規定されているものの、水、食塩、かん水その他麺質改良剤、油脂等の原料粉以外の製麺原料についてなんら規定されているものではない。すなわち、本願明細書の特許請求の範囲において、油脂あるいは増粘剤のような麺質改良剤の使用を排除する記載はなく、本願明細書の実施例の記載にも、うどんの製造に際して上記原料粉の他に水と食塩を使用しているし、中華麺の製造に際しては水とかん水を使用している。また、本願明細書の発明の詳細な説明の項には「本発明でいうタピオカ生澱粉とは…油脂加工を施されていないタピオカ澱粉をいう」とか「本発明で製造する生麺および乾麺には麺の組成が内層と外層とで異なる多層麺は含まれない」など、本願発明の技術的範囲から積極的に除外する場合は、その旨を明記しているのに対して、油脂や増粘剤を使用しないで製麺する旨の積極的な記載は見当たらない。加えて、乙第1、第2号証から明らかなように、生麺の製造に際して、油脂や増粘剤を使用していたのである。原告は、乙第1号証において、油脂が極めて多量であると主張するが、「油脂の加えた場合にはその添加量と冷風温との関係では3%、5℃が最も採算上すぐれている」(2頁左上欄下から6行ないし4行)との記載があり、3%は引用例記載の発明の範囲内である。

なお、生麺や乾麺の製造に際し、原料粉に油脂を添加することは、本願出願当時、周知の技術であった(乙第22ないし27号証)。そして、油脂の添加の目的は、麺の光沢、さばき、ほぐれ及び作業性等の向上であり、このことは生麺等への油脂の添加が本質的に不適ではないことを明らかにしている。また、麺類の主原料である小麦粉にも遊離の油脂が1%程度含まれている(乙第17号証)ことからも、製麺原料成分として油脂は本質的に不適な成分ではないことがわかる。

以上のとおり、本願発明においては、原料粉以外の製麺原料については、特許請求の範囲上何らの限定もされておらず、構成要件として特定されていないのであるから、必要に応じて、油脂や麺質改良剤を使用することを妨げるものではない。

〈3〉 したがって、審決に、相違点3、4を看過した違法はない。

(2)  取消事由2について

麺等食品原料に澱粉が用いられる場合、単に「澱粉」と表記されているときは、実質的にα化されていない生澱粉を意味し、生澱粉以外のα化澱粉等を用いる場合には、その旨を明記するのが普通である(乙第3号2頁左下欄10行ないし13行、甲第6号証2頁右下欄4行ないし7行、特にタピオカ生澱粉については乙第21号証目次及び「17.タピオカ澱粉」396頁ないし402頁)。例えば、乙第3号証において、公報全体にわたり「澱粉の加水分解物」と「天然澱粉」との用語を区別して用いているが、「天然澱粉」は生澱粉であることは明らかであるところ、実施例2において、「酵素加水分解処理馬鈴薯澱粉」と「馬鈴薯澱粉」とが用いられているから、「馬鈴薯澱粉」は生澱粉である「天然澱粉」であるが、特に生澱粉とは表記されていない。

引用例においても、「小麦粉および/または、そば粉油脂、デン粉、…麺線をつくりついでこの麺線を…麺をα化させ」(甲第3号証6欄23行ないし32行)とあり、原料の澱粉等が製麺後はじめてα化されることが記載されている。上記記載によれば、上記「デン粉」が生澱粉であることは明らかであるが、特に「生澱粉」であると明記はされていない。

したがって、審決の、「食品原料として澱粉を用いる場合、通常生澱粉を用いる」との認定に誤りはなく、相違点1についての判断は正当である。

(3)  取消事由3について

〈1〉 製麺原料として、小麦粉等の穀粉の一部をタピオカ澱粉等の澱粉で置換したものを使用することは本出願前周知であることは、乙第3ないし第9号証、甲第6号証から明らかである。

上記書証には、麺類の原料の一部としてタピオカ澱粉が具体的に例示されているものであるから、原告主張のようにタピオカ澱粉の供給量及び需要量が少ないとしても、麺類の原料の一部としてタピオカ澱粉を使用することが周知であることを否定することにはならない。

〈2〉 原告は、甲第8号証の表1には、糊化温度が低く、粘度の高い澱粉は馬鈴薯澱粉であることが示されていると主張するが、同表によると、糊化温度(℃)において馬鈴薯澱粉は「60~65」、タピオカ澱粉は「63~68」であり、これらの値は小麦粉やコーンスターチに比べると共に低い値であり、また、糊性度において、馬鈴薯澱粉は「非常に高い」、タピオカ澱粉は「高い」であることから、糊化温度及び糊性度の観点において、両者は類似しており、原告の主張には無理がある。また、原告は、引用例には、馬鈴薯澱粉が最も好適で、コーンスターチが最も劣り、タピオカ澱粉はその中間であることが示され、したがって、本願発明のような生麺や乾麺の麺類原料の一部として澱粉を使用するとすれば、むしろ馬鈴薯澱粉であってタピオカ澱粉であるはずがないと主張するが、由来する植物の異なる毎に澱粉の性質が異なることから、それぞれの発明の目的に応じ、添加する澱粉について、その種類、使用方法、加工処理等について検討するのが普通であるから、原告の主張には無理がある。

本願明細書の発明の詳細な説明の項の「従来の生麺および乾麺に比べて優れた食味を呈し、しかもこの食味は茹で上げ後一日以上放置しても実質的に劣化しない。また特に生麺および乾麺の食味として重要な茹で上げ後における麺類の性質である滑らかさおよび粘弾性についても非常に優れた効果を示す。」との記載及び第1表の試験項目の「茹で上げ後一日経過/滑らかさ:粘弾性」から、上記「食味」には、麺線の「滑らかさ」、「粘弾性」が含まれることは明らかである。

他方、引用例記載の発明において、タピオカ等の澱粉を配合する目的は、麺の復元性を良好ならしめ、かつ、弾力のある滑らかな麺を得るためである(甲第3号証4欄43行ないし5欄2行)。

してみれば、タピオカ等の澱粉を配合する目的の中で、少なくとも、滑らかさ及び粘弾性等の優れた食味の麺を得ることは、本願発明と引用例記載の発明に共通しているから、本願発明でタピオカ澱粉を配合する目的と、引用例記載の発明の澱粉特に馬鈴薯澱粉を配合する目的とは明らかに相違しているとの原告の主張は失当である。

〈3〉 以上によれば、審決の「タピオカ澱粉を生麺や乾麺の製麺原料の一部として使用することは、当業者が容易に行なうことといわざるを得ない。」との判断に誤りはなく、相違点2についての判断は正当である。

(4)  取消事由4について

本願発明の効果は、「茹で上げ後における経時的劣化が少ない」「食味として重要な茹で上げ後の優れた滑らかさ、粘弾性」、「茹で時間の短縮」、「茹で上げ時の煮崩れが少ない」等であるが、これらは乙第10号証の他、同第2及び第6号証(茹で上げ時の煮崩れが少ない)や、甲第6号証(茹で上げ後における経時的劣化が少ない:3頁第1表官能試験結果の「貯蔵時間」の欄参照)にも見られるように、麺類の適正評価項目として当業者が普通実施・確認する項目である。

したがって、審決の、「『優れた食味』、『茹で時間の短縮』、『優れた弾力性』」等は、麺類の適正評価項目として当業者が普通実施・確認する項目に関するものである」との認定に誤りはない。

また、引用例記載の発明において、タピオカ等の澱粉を配合する目的は、麺の復元性を良好ならしめ、かつ、弾力のある滑らかな麺を得るためであることから、審決において、「上記引用例には、非油揚即席麺において、復元性の良い、弾力のあるなめらかな麺が得られる旨の記載があり、当業者であれば、生麺や乾麺においても、澱粉添加によるこれらの効果を期待するのが普通である」と認定したのであり、「これらの効果」とは、復元性の良い、弾力のあるなめらかな麺が得られるという効果を指すことは文脈上明らかである。

ところで、「復元性(湯戻し)」なる用語は即席麺にのみ使用される用語ではない(乙第11、第12号証、甲第4号証)。そうすると、復元性(湯戻し)に優れているということは復元(湯戻し)時間が短縮されるということは茹で時間が短縮されるということを示唆しているものといえる。

引用例記載の発明において、油脂を添加する目的は製麺適性を改良するためであることが強調されている。そして、油脂を添加すると、食味に多少影響することも自明なことである。

しかしながら、引用例には、タピオカ等の澱粉を配合する目的は、麺の復元性を良好ならしめ、かつ、弾力のある滑らかな麺を得るためであることが明記されており、審決では、かかる記載に基づいて、「当業者であれば、生麺や乾麺においても、澱粉添加によるごれらの効果を期待するのが普通である」と判断したものである。

原告は、生麺及び乾麺と即席麺とでは要求される性質が異なり重要視される評価項目も異なるから、引用例記載の発明において期待される効果から本願発明の効果が予測されるものではないと主張するが、本願発明の奏する効果について、「麺類の適性評価項目として当業者がふつう実施・確認する項目であること」及び本願発明の奏する効果の一部である、引用例記載の非油揚即席麺における効果について「当業者であれば、生麺や乾麺においても、澱粉添加によるこれらの効果を期待するのが普通である」と判断したものであり、生麺及び乾麺と即席麺とでは要求される性質が異なることを無視したものではなく、そして、当業者がふつう実施・確認する項目については、その項目を見いだし、その程度を確認することは必然的に行なうべき技術的事項であるから、その効果を確認することに何ら困難性はない。

本願発明の規定した配合割合であれば実施例1に示された効果と定性的には同等の効果を奏することは予測できることは認める。

しかしながら、本願発明の奏する効果は定量面での顕著性が著しいとはいえないものである。すなわち、構成を採用することが当業者において格別の創意を要しないと考えられる場合には、「効果の定量面での顕著性」が著しい場合に限り、進歩性が認められるべきであるところ、本願発明は、引用例及び本願出願時の技術水準(乙第3ないし第9号証、甲第6号証)からわかるように、その構成を採用することが当業者において格別の創意を要しないから、「効果の定量面での顕著性」が著しくなければ、進歩性を認められるべきではない。

しかるところ、本願明細書の第1表の「滑らかさ」及び「粘弾性」については、麺類共通の評価項目であり、引用例の記載(4欄43行ないし5欄2行)から予測し得たものであり、「茹で上げ直後」と「茹で上げ後一日経過」とでは、添加澱粉の種類の如何にかかわらず、麺類の性質において同じ傾向を示していることから、「茹で上げ後における経時的劣化」についての効果は、タピオカ生澱粉特有のものではなく、「茹で時間の短縮」については、各種澱粉配合麺における適正茹で上げ時間については種々にデータが存在(乙第19号5頁「Ⅲ.実験結果」参照。)し、本願明細書において、適正茹で上げ時間とされる「麺中の水分が75%になる茹で上げ時間」とは異なる「実際においしく賞味できる茹で上げ時間」を採用する場合もあることを考慮すると、茹で上げ時間が2分少ないという効果をもって顕著な効果とはいえず、したがって、いずれの効果においても定量面での顕著性は認められない。

さらに、第1表の茹で上げ時間は、タピオカ生澱粉が18分、α化タピオカ等の比較品は20分、小麦粉のみが25分であるが、25分の茹で時間で測定した「煮崩れ率」は厳密な意味での茹で上げ時の煮崩れ率とはいえない。そして、乙第18号証と同第19号証における「煮崩れ率」の測定結果の矛盾、さらには、同第20号証の実験結果との矛盾から見て、上記第1表の「煮崩れ率」の測定結果の信頼性は高くない。したがって、第1表記載の「煮崩れ率」の値をもって、効果の定量面での顕著性は認められない。なお、乙第20号証では、小麦澱粉とバイタルグルテンからなるコンポジット粉を使用しているが、「これらの数値の差はいずれもでん粉の性質から生じていると考えられる。小麦粉にでん粉を混合した場合も、この差は小さくなるが傾向は同じである。」(89頁3段右から14行ないし18行)との記載によれば、小麦粉に澱粉を配合した同第18号証の実験結果と当然異なるとはいえない。

そして、本願発明の効果が定量的に記載されているのは上記第1表に示されるものであるが、タピオカ生澱粉の配合割合が20%の生うどんである。しかしながら、本願発明は、生うどんのみならず、生中華麺等原料粉の異なる麺類、生麺と製法を異にする乾麺、タピオカ生澱粉の配合割合が3~50%と広範囲にわたるものがその対象であるから、第1表に示されたデータのみをもって、本願発明の定量面での効果が十分に表されているとはいえないものである。

上記のとおり、本願発明の奏する効果は、定量的に効果が顕著ではない。したがって、審決の「本願発明の効果は当業者が予測し得るものであって、格別なものといえない。」との判断は正当である。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、いずれも争いがない。)。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いはない。

(2)  審決の理由中、(1)(本願発明の要旨)、(2)(引用例の記載)のうち、引用例には、使用できる澱粉は糊化温度の低い澱粉、例えば、馬鈴薯澱粉、甘藷澱粉、タピオカなどであること、及び、小麦粉及び/又はそば粉のほかに澱粉を添加するのは麺の復元性を良好ならしめ、かつ、弾力性のあるなめらかな麺を得るためであることがそれぞれ記載されていること、(3)(本願発明と引用例記載の発明との対比)、(4)(相違点についての検討)のうち、麺類の最終製品の形態として、生麺、乾麺、蒸麺、即席麺などは最もよく知られているものであること、本願発明の奏する効果に「優れた食味」、「茹で時間の短縮」、「優れた弾力性」等があること、引用例には、非油揚即席麺において、復元性の良い、弾力のあるなめらかな麺が得られる旨の記載があることは当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

甲第2号証の1ないし3(特公昭62-49018号公報、昭和63年8月5日付け及び平成3年7月25日付け各手続補正書。以下、総称して「本願明細書」という。)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、

(1)  本願発明の技術分野について、「本発明は、麺類の製造法に関し、さらに詳しくはタピオカ生澱粉を含有する穀粉類を原料粉として使用する生麺および乾麺の製造法に関する。」(甲第2号証の1の1欄10行ないし12行、同号証の2の2頁4行ないし10行)、

(2)  従来技術及び本願発明の課題について、「従来麺類の食味向上等を目的として種々の方法が提案されている。これらの方法の1例としては穀粉中にワキシーコーンスターチを1~20%の量で添加する方法がある…。しかしながら、この方法はワキシーコーンスターチの添加によって生ずる穀粉中の蛋白質含量の低下分を別に外部から補充しないと所期の目的が達成できない欠点があった。本発明者等はこれら従来の欠点を解決すべく種々研究を重ねた結果発明を完成するに至った。すなわち、本発明は穀粉中にタピオカ生澱粉を添加して生麺および乾麺を製造する方法である。」(甲第2号証の1の1欄13行ないし25行、同号証の2の2頁11行ないし13行)、

(3)  本願発明の作用効果について、「本発明方法は穀粉中の蛋白質含量を調整する必要がなく、従来の生麺および乾麺に比べて優れた食味を呈し、しかもこの食味は茹上げ後1日以上放置しても実質的に劣化しない。また特に生麺および乾麺の食味として重要な茹上げ後における麺類の性質である滑らかさおよび粘弾性についても非常に優れた効果を示す。さらに本発明に係る生麺および乾麺は従来のものに比べて茹で時間が短縮され且つ茹上げ時の煮崩れが少ない利点を有する。」(甲第2号証の1の2欄25行ないし3欄6行、同号証の2の2頁6行ないし10行)、との記載があることが認められる。

3  取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(引用例の記載事項の誤認及び相違点の看過)について

〈1〉  まず、原告は、引用例の記載において、0.4~4重量%用いられるのは油脂であるから、審決の「0.4~4重量%の油脂等」との認定は誤りであると主張する。

しかしながら、甲第3号証(特公昭56-9098号公報、引用例)の「小麦粉、ソバ粉およびこれらの混合物から成る群から選択される穀粉、水、食塩および麺質改良剤から少なくとも成る製麺原料を混合し」(1欄29行ないし31行)、「前記製麺原料中に、小麦粉、ソバ粉およびこれらの混合物から成る群から選択される穀粉とデン粉との合計重量を基準にして、15~50重量%のデン粉および0.4~4重量%の油脂が更に添加配合されており」(1欄37行ないし2欄4行)、「本発明者等は、即席麺類の製造において、小麦粉および/またはそば粉を主原料とし、これに水、食塩または麺質改良剤の他に、さらに、原料粉の重量に対して15~50%のデン粉と、0.4~4%の油脂を配合して」(3欄37行ないし41行)との記載によれば、引用例記載の製麺原料は、穀粉、水、食塩及び麺質改良剤から少なくとも成るもので、これに、穀粉と澱粉との合計重量を基準にして、15~50重量%の澱粉及び0.4~4%の油脂が配合されているものと認められる。

そうすると、引用例記載の発明の製麺原料には、穀粉と澱粉、油脂以外に、食塩、麺質改良剤、水が含まれると解される。

したがって、審決の「小麦粉、そば粉又はこれらの混合物からなる穀粉と、上記穀粉と澱粉との合計重量に基づいて15~50%の澱粉及び0.4~4重量%の油脂等からなる製麺原料」との認定における「0.4~4重量%の油脂等」とは、穀粉及び澱粉以外の製麺原料すなわち0.4~4重量%の油脂及び食塩、麺質改良剤、水を指すことは明らかであり、審決の上記認定に誤りはなく、原告の上記主張は理由がない。

次に、原告は、引用例記載の発明では、かん水とその他のグアガムのような増粘剤を用いることは必須の要件であると主張する。

しかしながら、甲第3号証(引用例)の「食塩または麺質改良剤(かん水、その他麺の弾力性、粘性等を高めるものをいう。以下同じ)」(2欄14行、15行)との記載によれば、麺質改良剤にはかん水及び増粘剤が含まれると解されるが、麺質改良剤が必ずかん水と増粘剤との両者を意味するとは解されないところ、引用例には、麺質改良剤として、かん水とその他の増粘剤とを併用することを窺わせる記載はないと認められるから、原告の上記主張は理由がない。原告の、上記記載を「かん水と、その他麺の弾力性、粘性等を高めるものすなわち増粘剤」の意味であると解されるとの主張は、上記記載の文理解釈からはずれたもので失当である。なお、即席麺類の日本農林規格(甲第4号証)において、即席麺にあっては、麺質改良剤は食品添加物以外の原材料に分類されるものと食品添加物に分類されるものとがあるとしても、引用例において、上記分類に従うことを示唆する記載はなく、原告の上記主張を理由あらしめる根拠となり得ないことは明らかである。

以上のとおり、審決の、引用例には「小麦粉、そば粉又はこれらの混合物からなる穀粉と上記穀粉と澱粉との合計重量に基づいて15~50重量%の澱粉及び0.4~4重量%の油脂等からなる製麺原料を用いてつくった麺線を蒸熱処理後乾燥してなる非油揚即席麺類の製造方法」が記載されているとの認定に誤りはない(引用例記載の発明が麺線を蒸熱処理後乾燥してなる非油揚即席麺類の製造方法に係ることは原告も争っていない。)。

〈2〉  原告は、本願発明との対比において、引用例記載の発明は、油脂あるいは増粘剤のような麺質改良剤を使用することが必須要件であるが、本願発明では油脂や増粘剤のような麺質改良剤は添加されないと主張する。

(ⅰ) たしかに、本願明細書の特許請求の範囲には、油脂あるいは麺質改良剤の添加は記載されていないところ、審決は、引用例の記載事項として、「0.4~4重量%の油脂等からなる製麺原料」と認定しながら、本願発明との対比において、「0.4~4重量%の油脂等からなる」との記載事項は一致点あるいは相違点に係る構成要件として認定していない。

しかしながら、前記のとおりの本願発明の要旨によれば本願発明は、生麺及び乾麺の製造における原料粉の配合に特徴を有するものであって、「小麦粉または小麦粉とそば粉、米粉、大麦粉、ライ麦粉およびハト麦粉からなる群から選ばれる異種穀粉との混合物に対してタピオカ生澱粉を、小麦粉または該混合物とタピオカ生澱粉の合計重量に基づいて3~50%の割合で配合してなる原料粉」を使用することを構成要件とするものである。そうすると、引用例記載の発明として、本願発明の原料粉の構成と対比すべきは、審決摘示の引用例の記載事項中の「製麺原料」のうちの原料粉の構成であると解される。

しかして、甲第3号証(引用例)の「本書において使用する“原料粉の重量に対して”とは“小麦粉、ソバ粉およびこれらの混合物から成る群から選択される穀粉とデン粉との合計重量を基準にして”という意味である。」(4欄5行ないし8行)との記載によれば、引用例記載の発明において、原料粉に含まれるのは穀粉と澱粉であって、水、食塩、油脂や麺質改良剤は製麺原料であっても、原料粉には含まれないと解される。

したがって、審決が、引用例記載の発明と本願発明との対比において、両者は、「小麦粉または小麦粉とそば粉からなる混合物に対してタピオカ澱粉を、小麦粉または該混合物とタピオカ生澱粉の合計重量に基づいて15~50%の割合で配合してなる原料粉を使用して製麺する麺類の製造方法の点で一致」すると認定したうえ、相違点1及び2を認定したことは、本願発明の特徴とするところの原料粉を使用する製麺方法と、引用例の記載事項のうち、原料粉の構成及びそれを使用する製麺方法とを対比したものであって、「0.4~4重量%の油脂等からなる」との構成を本願発明の構成要件と対比しなくとも、何ら相違点を看過したことにはならないことは明らかである。

(ⅱ) なお、念のため、本願発明の製麺方法と引用例記載の製麺方法とを、その製麺原料において、対比してみても、相違点を看過していないことは明らかである。

すなわち、前記のとおり、本願発明は原料粉の配合に特徴を有する生麺及び乾麺の製造方法であるところ、本願発明の要旨において、水、食塩、かん水その他麺質改良剤、油脂等の原料粉以外の製麺原料については規定されていないが、本願明細書には、それらを排除する記載はない。

しかるに、原告は、本願発明において、油脂は当然に使用されるということはできないと主張する。

しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明の項の実施例についての記載によれば、うどんの製造に際して原料粉の他に水と食塩を使用している(実施例1ないし5)こと、中華麺の製造に際して原料粉の他に水とかん水を使用している(実施例6)ことが認められる。したがって、本願発明において、その実施する麺の種類に応じて、食塩、麺質改良剤の一つであるかん水を使用していることは明らかである(原告も、麺類の基本的原料であれば、それらの使用が特許請求の範囲に明示されていなくても「…原料粉を使用して製麺する」との文言上にそれらを使用することは当然に含まれていること及び、本願発明の製造法で得られる麺類においても、従来の麺類に使用されている添加物、例えば、色素やプロピレングリコールの如き保存料等をその添加物の慣用されている使用目的内において、必要に応じて使用することを妨げるものではないことは認めている。)。

ところで、甲第17号証(再改訂版小麦粉一その原料と加工品 日本麦類研究会 昭和56年1月31日発行)の表5.3.12(685頁)によれば、麺類の主原料として小麦粉、そば粉、澱粉、米粉、穀粉、副原料として食塩かん水、食用油、調味料、鶏卵、海藻が、それぞれ、挙げられており、本願出願前、わが国で一般に加工されている各種のめん類の副原料として、生麺、乾麺、即席麺を問わず、食塩、かん水、食用油が普通に用いられてきたことが認められ、さらに、乙第1号証(特開昭54-2353号公報)の「生めんを作るにあたって油脂を添加練合し」(1頁左下欄5行、6行)、同第22号証(特公昭27-3188号公報)の「グルチンの少ない小麦粉に炭酸加里、鶏卵、食用油食塩更に必要あれば香料を加えて…乾燥麺を製造」(1頁左下欄3行ないし9行)、同第23号証(特公昭35-15418号公報)の「動植物油脂…にレシチン…を溶解した油溶性物と、…を溶解した水溶液を…混合乳化したエマルジョンショートニング」(1頁左下欄15行ないし23行)、「本発明によって麺類は上記エマルジョンショートニングを添加することにより粘稠性を増しロール処理以後の工程が円滑になる。麺類は油分が均一に分布して居り味、口当り及び色艶を極めて良好にする。又乾燥麺は著しく保型性を増加して商品価値を高める。」(2頁右欄1行ないし6行)、同第24号証(特公昭54-43589号公報)の「小麦粉に食塩水と乳化油を加えて均質に混捏して常法により製麺し…を特徴とする素麺の製造法」(特許請求の範囲第1項)、同第25号証(特開昭49-75749号公報)の「中華麺の製造に於て小麦粉に卵を加え、乳化油を小麦粉に対して0.4~2%添加し」(特許請求の範囲)、同第26号証(特開昭51-12592号公報)の「小麦粉に水を加えると共に、ホモジナイズされた油脂を若干混入して混合物にし、…を特徴とする乾燥ワンタン、乾燥ラーメン等の製造法。」(特許請求の範囲)、同第27号証(特開昭54-67048号公報)の「強力粉25kgにプロピレングリコール1kg、白絞油500g、水6.5kg(PH10.5)の合計8kgの液体を加えて混捏し、中華生麺線を作った。」(3頁右下欄3行ないし5行)との記載によれば、本願の出願前、油脂は生麺や乾麺の製造において適宜使用されていたと認められる。

そして、本願明細書の発明の詳細な説明の項の「本発明で製造する『生麺および乾麺』とは、麺中の澱粉が未だα化されておらず、食するに際しては澱粉をα化するための加熱処理が必要な麺をいう。さらに、本発明で製造する生麺および乾麺には麺の組成が内層と外層とで異なる多層麺は含まれない。」との記載(甲第2号証の2の2頁17行ないし3頁3行)によれば、本願発明における生麺および乾麺は、即席麺及び多層麺を除く、一切の生麺および乾麺を含むものと解され、うどん、そば、素麺、ラーメン、パスタ、餃子皮、ワンタン皮(前記甲第17号証683頁ないし687頁)なども含む広範なものである。そうすると、本願発明の製造方法において、製造される生麺および乾麺の種類の如何を問わず、その特徴とする原料粉以外の製麺原料がまったく同一であるとは考えがたく、製造される麺の種類に応じて、食塩、かん水、食用油あるいは乳化油などの油脂を適宜組合せて製造するものと解される。

したがって、原告の、本願発明において、油脂は当然に使用されるということはできないとの主張は採用できない。

〈3〉  以上のとおり、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について

原告は、審決の「食品原料として澱粉を用いる場合、通常生澱粉を用いる」との認定は誤りであると主張する。

乙第3号証(特開昭53-145939号公報)の「麺類の製造において澱粉加水分解物、酸化処理澱粉、α化澱粉、ワキシーコーンスターチ、ハイアミロースコーンスターチ等種々の澱粉類を小麦粉に添加して即席麺類を試作した。」(2頁左下欄10行ないし13行)との記載、甲第6号証(特開昭51-121540号公報)の「対象例として、上記のα化コーンスターチに代えてハイアミローズコーンスターチ(アミローズ含有量53%)を用いた以外は上記と全く同一の方法により茹麺を調製した。」(2頁右下欄4行ないし7行)との記載によれば、通常麺類の製造原料として澱粉とα化澱粉とは区別して用いられていると認められ、α化澱粉を意味するときは、澱粉と区別して、α化澱粉の用語が用いられるものと認められる。

また、甲第3号証(引用例)において、澱粉とのみ記載され、α化澱粉であるか、生澱粉であるかは明記されていないが、「小麦粉および/または、そば粉、油脂、デン粉、…麺線をつくり次いでこの麺線をスチーム式蒸熱処理機に通して麺をα化させ」(6欄23行ないし32行)との記載によれば、上記タピオカ澱粉がタピオカ生澱粉をいうものであることは明らかである。

したがって、審決の「食品原料として澱粉を用いる場合通常生澱粉を用いる」との認定に誤りはなく、審決の相違点1についての判断に誤りはないから、取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について

〈1〉  原告は、審決の「製麺原料として、小麦粉等の穀粉の一部をタピオカ澱粉等の澱粉で置換したものを使用することは本出願前周知であり」との認定は誤りであると主張する。

前記乙第3号証の「小麦粉、そば粉等の主原料に根茎澱粉の加水分解物及び天然澱粉を併用添加し、常法通り製麺して…即席麺の製造法。」(特許請求の範囲第5項)、「本発明において根茎澱粉の加水分解物とは(馬鈴薯、甘藷、タピオカ等の)根茎澱粉を…により加水分解した酵素加水分解物をいう。」(3頁左上欄1行ないし6行)、「根茎澱粉の加水分解物を添加する際に必要に応じて甘藷馬鈴薯、トウモロコシ、小麦、米、タピオカ等から得られる天然澱粉を併用してもよいが、これら天然澱粉の中でも根茎澱粉が麺類に与える食感の点から好ましい。」(3頁右上欄2行ないし7行)との記載、同第4号証(特開昭54-135247号公報)の「麺線の内層に比較して外層のデンプン含有率を相対的に大きくしたことを特徴とする多層麺。」(特許請求の範囲第1項)、「使用するデンプンとして、…いも類デンプン(…タピオカデンプンなど)…種々利用できる」(2頁右下欄下から6行ないし末行)との記載、同第5号証(特公昭54-40621号公報)の「麺線の外層に比較して内層のデンプン含有率を相対的に大きくしたことを特徴とする多層麺。」(特許請求の範囲第1項)、「使用するデンプンとして、…いも類デンプン(…タピオカデンプンなど)、…種々利用できる」(4欄22行ないし26行)との記載、同第6号証(特公昭56-37777号公報)の「…油脂加工澱粉を製麺原料粉に添加混練することを特徴とする麺類の製造法。」(特許請求の範囲)、「油脂加工澱粉に使用される澱粉としては…タピオカ澱粉等の地下澱粉等澱粉の種類を問わない。」(2欄37行ないし3欄3行)との記載、同第7号証(特開昭56-78570号公報)の「第1粉および第2粉から成る原料粉の総重量を基準にして、第1粉として20~50%の小麦粉に、小麦粉以外の穀粉類およびデン粉類から成る群から選択された第2粉を80~50%配合して混合し、食塩、かん水その他の麺質改良剤を必要に応じて溶解した水と共に減圧下で混ねつし、…麺類の製造法。」(特許請求の範囲第1項)、「本書の全体を通じて使用される“デン粉類”とは、…タピオカデン粉、…等を指称する。」(2頁右下欄10行ないし14行)との記載、同第8号証(澱粉科学ハンドブック 昭和53年7月20日初版発行)の「17.4 タピオカ澱粉の特性、用途…食用としては、澱粉せんべい、麺のつなぎ、食品増粘用に用いる。」(401頁下から2行ないし402頁17行)との記載、同第9号証(マレーシア及びインドネシア一次産品((でん粉))買付促進調査報告書1973年3月)(81頁)のインドネシアのタピオカでん粉についての記載、甲第6号証(特開昭51-121540号公報)の「…茹麺類の製造方法」(特許請求の範囲)、「本発明に用いられるα化粳種澱粉としては…、α化地下澱粉としては、…α化タピオカ澱粉等が夫々挙げられる。」(2頁左上欄12行ないし16行)との記載を総合すれば、製麺原料として小麦粉等の穀粉の一部をタピオカ澱粉等の澱粉で置換したものを使用することは本願出願前周知であると認められ、原告の上記主張は理由がない。

なお、原告は、タピオカ澱粉の量は微々たるものでありその供給量及び需要量からみて、置換される澱粉の代表的なものとすることはできないと主張するが、原告主張のようにタピオカ澱粉の供給量及び需要量が少ないとしても、麺類の原料の一部としてタピオカ澱粉を使用することが周知であることを否定することにはならない。

さらに、原告は、乙第3ないし第9号証及び甲第6号証において、澱粉の一例としてタピオカ澱粉が例示されていてもそれら発明において用いられる麺類の製法が本願発明及び引用例記載の発明と相違する以上、審決の判断に影響を及ぼすものではないと主張するが、審決において、周知であると認定したものは、製麺原料として、小麦粉等の穀粉の一部をタピオカ澱粉等の澱粉で置換したものを使用することであって、麺類の製造方法の違いは周知技術の認定に影響を及ぼすものではない。

〈2〉  原告は、生麺や乾麺の麺類原料の一部として澱粉を使用するとすれば、むしろ馬鈴薯澱粉であってタピオカ澱粉であるはずがないと主張する。

しかしながら、甲第8号証(食品と科学11月号平成2年10月発行)の表1によれば、馬鈴薯澱粉の方がタピオカ澱粉と比べて多少糊化温度が低く粘度が高いが、その数値は類似しており、当業者が生麺や乾麺の麺類原料の一部として澱粉を使用する場合、必ず馬鈴薯澱粉を採用するものとはいえないから、原告の上記主張は失当である。

〈3〉  原告は、さらに、本願発明において、タピオカ生澱粉を配合した目的は、優れた食味を呈し、茹で上げ後一日以上放置しても実質的に劣化しない生麺や乾麺を提供することであるのに対し、引用例記載の発明は熱湯を注ぐだけで短時間で復元できるような非油揚即席麺を提供する目的で澱粉を配合したものであるから、本願発明でタピオカ澱粉を配合する目的と、引用例記載の発明の澱粉を配合する目的とは明らかに相違していると主張する。

しかしながら、前記2(3)のとおりの本願明細書の本願発明の作用効果についての記載及び第1表の試験項目の「茹で上げ後1日経過/滑らかさ:粘弾性」との記載から、上記「食味」には、麺線の「滑らかさ」、「粘弾性」が含まれると解される。

しかして、引用例(甲第3号証)の「本発明において小麦粉および/そば粉の他にデン粉を添加するのは麺の復元性を良好にならしめ、弾力のあるなめらかな麺を得るためである。」(4欄43行ないし5欄2行)との記載によれば、引用例記載の発明において、澱粉を配合する目的は、麺の復元性を良好にならしめ、弾力のあるなめらかな麺を得るためと認められる。

そうすると、澱粉を配合する目的のうち、少なくとも、滑らかさ及び粘弾性の優れた食味の麺を得ることは、本願発明と引用例記載の発明に共通しており、本願発明でタピオカ澱粉を配合する目的と引用例記載の発明で澱粉を配合する目的とは相違するものとはいえないことは明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

〈4〉  したがって、審決の、タピオカ澱粉を生麺や乾麺の製麺原料の一部として使用することは、当業者が容易に行なうことといわざるを得ないとの判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

(4)  取消事由4(作用効果についての判断の誤り)

〈1〉  生麺及び乾麺において、「食味」、「茹で時間」、「茹上げ時の煮崩れ率」、「茹上げ後における経時的変化」は、乙第10号証(小麦の品質評価法-官能検査によるめん適性 農林水産省 食品総合研究所-昭和60年11月発行)のうどん適性評価法に関する記載、同第2号証(特開昭56-18559号公報)の麺類の茹上げ時の煮崩れについての記載(1頁左欄15行)、前記同第6号証の麺類の茹で時の溶出量(煮崩れ)についての記載(1欄25行)、前記甲第6号証の茹上げ後における経時的変化についての記載(2頁右下欄8行ないし3頁左上欄1行)によるまでもなく、当業者にとって、当然の評価項目であることは明らかである。

甲第3号証(引用例)の「本発明の目的は、即席麺としても、あるいは特に即席スナック麺としても、いずれにも適合する、良好な復元性ならびに食感とさらに良好な加工性を有する麺の製造方法を提供することである。」(3欄11行ないし15行)、「本発明において小麦粉および/またはそば粉に他にデン粉を添加するのは麺の復元性を良好ならしめ、かつ、弾力のあるなめらかな麺を得るためである。」(4欄43行ないし5欄2行)との記載によれば、引用例記載の即席麺類において、澱粉を添加する目的は、麺の復元性を良好ならしめ、かつ、弾力のあるなめらかな麺を得るためであるところ、乙第11号証(特開昭56-154959号公報)及び同第12号証(特公昭40-16733号公報)の記載にみられるように、復元性は即席麺にのみ使用される用語ではなく、また、良好な復元性は即席麺以外の麺類においても、求められる課題の一つと認められる。したがって、当業者であれば、麺の復元性を良好ならしめ、かつ、弾力のあるなめらかな麺を得るという効果を期待して、生麺や乾麺においても、澱粉の添加をしてみることは容易なことである。しかるところ、即席麺を生麺及び乾麺に代えた場合に、生麺及び乾麺における上記のような評価項目を実施し、その効果の程度を確認することが当業者であれば当然に行なうことであると解されるから、そのような評価項目における効果は、当業者が予測し得る範囲内のものであると解すべきである。

しかるところ、前記2(3)のとおりの本願明細書の本願発明の作用効果についての記載から、本願発明は、「優れた食味」、「茹上げ後1日以上放置しても食味は実質的に劣化しない」、「茹上げ後の滑らかさおよび粘弾性」、「茹で時間の短縮」、「茹上げ時の煮崩れが少ない」効果を奏するものと認められる(被告も、本願発明が、「優れた食味」、「茹上げ後における経時劣化が少ない」、「茹で時間の短縮」、「茹上げ時の煮崩れが少ない」等の効果を奏することは争っていない。)が、上記「優れた食味」、「茹上げ後1日以上放置しても食味は実質的に劣化しない」、「茹で時間の短縮」、「茹上げ時の煮崩れが少ない」効果は、それぞれ、「食味」、「茹上げ後における経時的変化」、「茹で時間」、「茹上げ時の煮崩れ率」の評価項目における効果である(なお、前記(3)〈3〉のとおり、上記「食味」には、麺線の「滑らかさ」、「粘弾性」が含まれると解されるから、「茹上げ後の滑らかさおよび粘弾性」は「食味」の評価項目における効果と解される。)から、このような効果は当業者が予測し得る範囲内のものである。

したがって、本願発明の奏する効果は格別のものとは認められず、審決の「本願発明の効果は当業者が予測し得るものであって、格別なものといえない。」との判断に誤りはない。

なお、原告は、引用例記載の発明における「復元性の良い、弾力のあるなめらかな麺が得られる」効果は、澱粉と油脂及び麺質改良剤とを併用する構成により奏されるものであって、澱粉のみ添加した構成により奏される効果ではないと主張する。

しかしながら、引用例(甲第3号証)の澱粉添加についての上記記載及び「小麦粉および/または、そば粉にデン粉を15~50重量%添加すると、原料混合物の粘度が高まり、複合、圧延した場合、麺帯の剥離を生じたり、あるいは麺帯がつながらないといった様な現象がおこる。あるいは蒸熱処理後、麺線のほぐれ具合が不良で、型枠に詰めたりするのに均一な整形が困難となることがある。デン粉添加にともなう、かかる欠点を解決するために、本発明においては油脂を原料粉の重量に対して0.4~4%…添加する。」(5欄23行ないし32行)との記載から、原告の上記主張が理由がないことは明らかである。

〈2〉  したがって、取消事由4は理由がない。

4  以上のとおり、取消事由はいずれも理由がなく、審決に取り消すべき違法はない。

よって、原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

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